藤田嗣治生誕140周年を記念して各地で開催される展覧会をご紹介します。世界的に愛されている芸術家 藤田嗣治を様々な切り口で、その人となり、そして画業の全貌が紐解かれます。
ぜひ各展覧会で、藤田嗣治の作品世界をお楽しみください。

藤田嗣治《自画像》 1960年 木版・紙 個人蔵(フランス)
© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 B0892
ドラ・カルムス《猫を肩にのせる藤田嗣治》
藤田嗣治《舞踏会の前》 1925年 油彩・キャンバス 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館 © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 B0892
藤田嗣治《金地の聖母》 1960年 油彩・キャンバス 軽井沢安東美術館
© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 B0892

藤田嗣治関連の展覧会一覧

藤田嗣治×国吉康雄二人のパラレル・キャリア―百年目の再会

INTRODUCTIONはじめに

1886年、明治なかばの東京で生まれた藤田嗣治(レオナール・フジタ1886~1968)は、2026年、生誕140周年を迎えます。

藤田は、東京美術学校(現・東京藝術大学)を卒業後、26歳で画家になる志を抱いて単身フランスに渡ります。試行錯誤の末に独自の画風を確立、のちに藤田の代名詞ともなった「乳白色の下地」の裸婦作品で1920年代のヨーロッパ画壇を席巻し、一躍エコール・ド・パリの寵児となりました。第二次世界大戦中に日本で作戦記録画を制作。戦争責任を問われて挫折を味わった後、再びフランスに戻り、晩年はフランス人レオナール・フジタとして穏やかな生活を営みながら、1968年に81歳で亡くなるまで、精力的に制作を続けました。

今年から来年にかけて、藤田嗣治生誕140周年を記念して各地で開催される展覧会を、本特設サイトでご紹介します。フランスでも多大なる人気を博し、現在は世界的に愛されている芸術家 藤田嗣治をさまざまな切り口で、その人となり、そして画業の全貌が紐解かれます。ぜひ、生誕140周年の各展覧会で、藤田嗣治の作品世界をじっくりとお楽しみください。

EXHIBITIONS展覧会のご紹介

藤田嗣治《自画像》 1960年 木版・紙 個人蔵(フランス)
© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 B0892

生誕140周年 藤田嗣治 7つの情熱

藤田嗣治(レオナール・フジタ 1886–1968)の芸術を、7つの視点(情熱)で紹介する展覧会です。藤田研究の第一人者として知られるシルヴィー・ビュイッソン氏の監修のもと、藤田の創作源を「自己表現」「風景」「前衛」「東方と西方」「女性」「子ども」「天国と天使」という「7つの情熱」で読み解きます。また、東郷青児、川島理一郎、海老原喜之助など、藤田と関わりの深い日本人画家9名の作品を第二部で展示し、藤田が同時代に果たした役割に迫ります。個人所蔵を含む国内外から集められた油彩、版画、資料など、150余点で構成される展覧会です。

藤田嗣治《舞踏会の前》 1925年 油彩・キャンバス 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館
© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 B0892

藤田嗣治×国吉康雄二人のパラレル・キャリア―百年目の再会

20世紀前半の激動の時代、海外で成功と挫折を経験した二人の日本人画家、藤田嗣治(1886-1968)と国吉康雄(1889-1953)の展覧会を開催します。それぞれフランスとアメリカに渡った二人は、その地で画家としての地位を確立しました。パリとニューヨークで交流したことも知られていますが、太平洋戦争で大きくその立場が隔たることとなった二人の作品を画期となる時代ごとに展示します。

ドラ・カルムス《猫を肩にのせる藤田嗣治》

藤田嗣治 絵画と写真

藤田嗣治(1886-1968)は、乳白色の下地に描いた絵画で世界的に知られた、エコール・ド・パリを代表する画家です。そんなフジタの芸術を「写真」をキーワードに再考する展覧会です。本展では、画家と写真の関係を、「絵画と写真につくられた画家」「写真がつくる絵画」「画家がつくる写真」の3つの視点から紐解きます。
描くこと、そして撮ること。2つの行為を行き来した「眼の軌跡」を追いかけ、これまでにない角度から藤田嗣治の魅力を紹介します。

藤田嗣治《金地の聖母》 1960年 油彩・キャンバス 軽井沢安東美術館
© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 B0892

開館3周年記念・藤田嗣治生誕140周年ランス美術館コレクション
藤田嗣治からレオナール・フジタへ

藤田嗣治だけの作品を所蔵する軽井沢安東美術館では、ランス美術館が所蔵するフジタのコレクションとともに、1959年、カトリックの洗礼を受けた藤田が宗教画の制作及びランス平和の聖母礼拝堂の建設に全身全霊を捧げた晩年の偉業を紹介します。本展覧会は前期と後期の二部構成で開催されます。前期(10月4日(土)~12月9日(火))では、1965年から約1年で完成に至ったランス平和の聖母礼拝堂に焦点をあて、藤田が遺した数々のスケッチから並々らならぬ努力と彼が創造したキリスト教の世界を紹介します。後期(12月12日(金)~2月17日(火))では、1950年にパリへ戻った藤田が宗教的テーマに取り組みながら、聖母子像を完成させていくプロセスを紹介し、藤田が理想とした聖母子像について検証します。また前期・後期を通じて、フランス・ランス市と藤田の関係について紹介する部屋や礼拝堂内部のフレスコ画を再現した部屋もご覧いただけます。  

ABOUT FOUJITA藤田嗣治について

藤田嗣治 (レオナール・フジタ 1886~1968)

明治なかばの東京で生まれた藤田は、東京美術学校(現・東京藝術大学)を卒業後、26歳で画家になる志を抱いて単身フランスに渡ります。試行錯誤の末に独自の画風を確立、のちに藤田の代名詞ともなった「乳白色の下地」の裸婦作品で1920年代のヨーロッパ画壇を席巻し、一躍エコール・ド・パリの寵児となりました。

第二次世界大戦中に日本で作戦記録画を制作。戦争責任を問われて挫折を味わった後、再びフランスに戻り、晩年はフランス人レオナール・フジタとして穏やかな生活を営みながら精力的に制作を続けました。1968 年に81 歳で亡くなり、自らが建てたランスにある平和の聖母礼拝堂(フジタ礼拝堂)に埋葬されました。この礼拝堂は藤田自身が着想し、デザインしたもので、藤田が描いた壁画(フレスコ画)で有名です。

藤田嗣治《自画像》 (1928年) 油彩・キャンバス 軽井沢安東美術館 © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 B0892

MUSEUMS各展覧会の開催美術館のご紹介